● 私たちの身体は、縄文人と変わっていない

 私たちのからだの遺伝子に刻まれた情報は縄文時代の頃から変わっていないのに、科学技術の発展の結果、私たちを取り巻く環境は、僅か数十年のあいだに大きく変化しました。食べものや飲みもの、吸い込む空気、仕事の質や量、精神面でのストレスや負担など、からだに大きな影響を与える環境の変化はものすごく多くなっています。
 その結果、私たちの体質はどんどん悪化し、慢性鼻炎、慢性気管支炎、高血圧症、糖尿病、痛風、がんなど、様々な慢性病が増えました。
 慢性病は、一般に、症状には急激な変化がないが、長びいてなかなか治らない病気を指します。慢性病は体質病と言われるくらい体質と関係しており、免疫力の低下や自律神経系の失調、ホルモンバランスの変化など、身体全体のバランス失調ともかかわっています。

● 東洋医学の病気のとらえ方

 西洋医学のベースは、科学技術ですから、正確さと再現性を求めます。人間の心と身体を切り離して身体を機械のごとく、臓器、組織、細胞、遺伝子といった要素に還元して、その構造と機能を明らかにして、病気の原因を診断します。その診断結果に基づいて、病気の原因となった臓器の壊れた部分を元に修復したり取り替えたり、原因が病原菌にある場合は殺してしまおうという治療です。患者の心の状態、生活習慣や個人の持つ固有の体質いかんに関わらず、誰もが一定の効果を発揮できるように、治療方法が確立されています。その分、効き目がシャープですが、副作用も明確に出現します。

 一方、漢方薬や鍼灸など、東洋医学には、整体観とい考え方が根底に流れています。人体は、様々な機能や物質が有機的に関連しながら、一つになった有機体であるという考え方です。人体の中を流れる構成成分には気・血・津液などがあり、人体を構成するものとして、六臓六腑があります。
 さらに、東洋医学は肉体と心の関係も重視していて、心の動きは身体に影響を与え、逆に身体の状態が心の状態に影響を及ぼすのです。心と身体の関係は「心身一如」と呼ばれ、東洋医学の考え方の基本の一つになっています。身体全体は、単なる部分の融合体ではなく、総和以上の有機体と捉えていて、部分が全体を構成するというより、全体が部分を規定すると考えています。
 東洋医学のいう健康的な状態とは、身体流れる気血が充実していると共に、合わせて臓腑も正常に働いている状態をいい、これを正気が充実しているといいます。従って、正気が弱ったり、身体のバランスが崩れた時に、病気になるのです。病気の本質的な原因は、身体の中=体質の悪化にあるのであって、外部からの要因は病気の単なる引き金にすぎないと捉えているのです。

● 東洋医学的思考と鍼灸治療

 東洋医学のいいところは、困った病気や症状を一時的に抑えるのではなく、からだの内側から、それらを根本的に治していくところです。ちゃんと病気の根本原因から見直して、元気なからだに戻したい、そんなときに東洋医学が役に立つのです。

 東洋医学の立場からいえば、病気、特に慢性病にかかったなら、多くの部分は自分自身のせいなのです。自分では正しいと思っていた生活習慣や考え方、生活を取り巻く環境などが、自然の法則から外れてしまった結果、体質が悪化し、病気になってしまったのです。自分の身体の体質を改善しながら、病気を根本的に治して行こうというのが、東洋医学の治療の考え方です。私の治療院にも、「鍼でがん治りますか」「先生、痛みをすぐ止めて下さい」「先生、いつまでに治りますか」と時々質問されることがあります。お気持ちはよく解るのですが、東洋医学はそんな即物的なものではありません。病気は自分の生命力で治す、または共存する、そのためには生活習慣を見直し、その上で漢方薬や鍼灸治療の力を借りる、そういった意識が病気を回復させるキーポイントとなります。

 例えば、湿疹は、たまたま皮膚のぶつぶつや赤み、あるいはかゆみとして自覚できるようになった病気ですが、その奥には、体調の不良や抵抗力・免疫力の低下、疲労の蓄積、ストレスの荷重、暴飲暴食、不規則な生活など、そのもととなった根本原囚がかくされている。それを、表面的に症状を抑えることによってやり過ごすのももちろんひとつの方法でありますが、そうではなく、からだの内側からきちっと治しておこうというのが東洋医学です。
 うつ症状や自律神経失調症なども同じです。抗うつ剤や安定剤、抗不安薬や睡眠導入剤でやり過ごすことが必要な場合もありますが、時間をかけてでも、もとの安定した精神状態をとりかえそうと試みることも必要です。

 このように、時間はかかってもいいから自分のからだを大事にあつかいたい、あるいは、からだの中から元気になりたいという、このような東洋医学的生活態度が鍼灸治療には必要です。東洋医学的生活態度を取り入れると、鍼灸治療の効き目もぜんぜん違って来るのです。
 人の生き方に対して、私たち東洋医学の治療家がとやかく立場ではありません。ただ、鍼灸の良く効く人と効かぬ人、患者さんによって歴然とした差が出るこの違いは、東洋医学的思考を持てるか否かです。打撲など急性病ならいざ知らず、慢性病に対して早急な治療結果を求める方、治療にのみ依存される方は残念ながら、鍼灸治療には向きません。鍼灸は患者さんの持つ正気の強さに依存しますので、患者さんの東洋医学的思考が必要なのです。

 東洋医学的思考は、自分自身の心と身体を愛し、将来にわたり大切にあつかおうとする思考です。過去や今の自分を否定せず、今よりもよりよい状態、つまりよりよく生きる姿勢をめざします。いのちを大切にし、身体を一つの小宇宙ととらえて、全体としてどちらに向かうのがよいのかを探ります。病気になる前に、出来るだけ体質を改善して病気を予防するよう心掛ける、感謝を忘れない、この東洋医学的思考から生まれた薬が、漢方薬であり、治療手技が鍼灸治療です。

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