新型コロナウイルス感染症治療における漢方薬併用効果

新型コロナウイルス感染症(COVID-19感染症)は、12月14日現在において日本国内で感染者数は落ち着いておりますが、一方で、新たな変異株オミクロン株が発見され国内でも感染者が確認されるなど、世界中で急速に感染が広がっています。

現代医学の世界では、新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬の開発が世界中でしのぎを削り、新しい治療薬が承認されつつあります。一方で、こうした新規感染症に対する治療薬がなかった時代、どう対応していたのでしょう。東洋では、新規感染症に対する治療も漢方薬が中心で、私たち日本人もスペイン風邪など過去にパンデミックを経験し、その治療にも漢方薬が用いられていました。

現時点で、新型コロナウイルス感染症に対する漢方薬の有効性については、残念ながらエビデンス(医学的根拠)が確立されていません。しかし、最も早い時期に新型コロナウイルス感染症が広まった中国では、初期から漢方薬を投与しており、症例報告のみならず、徐々に介入研究など分析的研究も行われるようになり、すでに幾つか論文が発表されております。

国内においては、日本感染症学会のホームページhttps://www.kansensho.or.jp/で、金沢大学付属病院漢方医学科小川恵子先生が寄稿された「COVID-19感染症に対する漢方治療の考え方(改定ver2)」https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/news/gakkai/covid19_tokubetu2_0421.pdfが紹介されました。これは、中国の臨床現場で用いられた漢方薬に関する論文を中心に、新型コロナウイルス感染症に対する漢方薬の用い方が解説されております。
ネット上では、この論文を紹介したサイトが多数出ておりますが、その解説は中医学独特の専門用語を用いた難解なものが多いので、一般の皆様にも分かりやすいように三砂堂漢方が解説してみました。

1.予防目的や無症状感染者への漢方薬

漢方薬には低下した免疫力を高める働きが報告されており、漢方薬の服用で免疫システム(特に自然免疫)を活性化して、感染予防や無症状感染者に対する陰性化を促進する漢方処方です。

①補中益気湯(ホチュウエッキトウ)
補中益気湯の補中とは、中を補うつまり胃腸機能を補うことを意味します。益気とは、気(エネルギー)高めることで、胃腸を補うことによって食べ物を十分消化吸収し、感染症などを含めた病気と闘う力を高める働きがある漢方薬です。動物実験ではインターフェロンの産生を促進すると共に、インターロイキンIL-1αとIL-6の産生を抑制すると報告されています。これは感染の結果、免疫を高める一方で、過剰な炎症反応を鎮めてくれることを意味しています。

②十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)
十全大補湯は、十種類の生薬が完全に働いて、しかも養う力、補う力が非常に大きいので、十全大補湯という名前が付けられました。薬物の構成は胃腸の働きを良くする四君子湯と血を補う四物湯に加えて、血行を盛んにする桂枝と黄耆で構成されています。元々胃腸が弱く虚弱で血行不良の人に用いる漢方処方です。ヒトを対象とした研究では、感染初期に働く自然免疫で最も重要な働きをするNK細胞の機能が改善することが報告されています。また、免疫の抑制系も活性化することから、過剰な炎症の予防にも働くと予想されています。

2.軽症から重症まで使える清肺解毒湯

清肺解毒湯(セイハイハイドクトウ)は、新型コロナウイルス感染症の軽症、中等症から重症にまで、幅広く用いることができるよう構成された中医の処方です。張仲景(チョウチュウケイ)が著した「傷寒論(ショウカンロン)」にある風寒の邪気によって起る外感熱病(感染による発熱)に使う漢方薬として、麻杏甘石湯(マキョウカンセキトウ)、射干麻黄湯(ヤカンマオウトウ)、小柴胡湯(ショウサイコトウ)と五苓散(ゴレイサン)がありますが、清肺解毒湯はこれらを組み合わせた漢方処方とされています。清肺排毒湯の名前から働きを察するに、清肺とは、肺の熱を鎮める働きで、排毒とは感染症による膿を除く働きをいいますので、呼吸器の熱を取って感染症を治める働きを表わしていると思われます。

麻杏甘石湯は、風寒の邪が侵入し肺で熱に変わり肺の気が上逆して、発熱、咳、呼吸困難などを起こしている時に、熱を除き、肺の気を降ろして咳や呼吸を楽にする働きがあります。風寒の邪の風(外風)とは気温変動など生活環境の変化が強過ぎて、自律神経系、免疫系など体内の恒常性維持機構を乱れさせる原因のことをいいます。寒とは、急に気温が下がるなどして身体を冷やす原因ことをいいます。風の邪は百病の長といわれ、寒の邪など他の邪と一緒に侵入する特徴があり、風寒の邪となります。病気の原因となる風寒の邪が体内に侵入(新型コロナウイルス感染症の場合はSARSコロナウイルス2です)すると、自然免疫が働きだし、インターフェロンが産生され、マクロファージ、樹状細胞、NK細胞などが活性化すると共に炎症反応である発熱を起こします。このことを中医学では、入裏化熱と言って寒邪が裏(体内)に入ると熱邪に変化すると考えます。肺(呼吸器系)で化火(熱が発生する)が起こるとその熱の影響で肺の気が上昇します。そうすると肺は精気(大気)を吸い込むこと(肺の宣発粛降作用)ができなくなり、肺の気が上逆して咳が出たり、呼吸困難を起こします。麻杏甘石湯は、肺での熱を鎮めて、呼吸がスムーズに出来るように肺の気を下げる働きがある漢方処方です。

射干麻黄湯は降気剤と呼ばれています。寒邪の侵入で体内にあった飲邪が加わって寒飲となり、肺の気の上逆に伴って上昇すると痰となり、咳、喘息が起ります。射干麻黄湯は肺の気を降ろし、かつ飲を除いて咳や痰を除く処方です。中医学では体内にあり病気の原因となる不良な水分を湿と呼びますが、湿の水分が幾分乾燥して粘り気のあるものになった状態を痰とか飲とかと呼んでいます。感染により肺の気を下げる働き(粛降作用)が失われると肺の気は上にあがってしまいます。体質的に痰や飲が溜まっていると寒邪と飲邪が結びついて、それが上昇して呼吸器に溜まると咳や痰が出てきます。射干麻黄湯は肺の気を巡らせ下に気を降ろして、呼吸や痰、飲を除く働きがありので、呼吸が楽になり痰が止まります。

小柴胡湯は、和解の剤と呼ばれます。体内に侵入した邪気は当初表面にあり、邪気と正気(病気を治す力、生体防御)が闘争するため、体表で悪寒、微発熱などの症状が出ます。この状態を中医学では、病が表にあるといいます。やがて正気が破れると内部に侵入され戦いの場は体内に移りますが、この状態を病が裏にあると言います。正邪の闘争過程で、邪の半分は表面、半分は裏(内部)で膠着状態になることがあります。この半表半裏の状態を少陽病と呼びますが、発熱感と悪寒を繰り返したり、胸苦しくなったり、悪心、食欲不振など体表と内部の両方の症状が出ます。この時使用するのが和解剤の小柴胡湯で、半表半裏を和解させるのです。表面では邪気を払い、内面では邪気を除きます。和解の剤の働きは、感染症で過剰になった免疫反応を調整する働きであるともいわれています。

五苓散は太陽病で膀胱の気化機能(尿を生成する働き)が失調して水はけが悪くなったり、脾虚(消化吸収機能の低下)で水分代謝が悪いとき、水はけを良くする処方です。尿量減少や下痢めまいなどの症状に用いますが、新型コロナウイルス感染症に用いる場合は、体液を輸布して痰や湿の元になっている取り除くために用いられるのでしょう。
残念ながら、日本では清肺排毒湯のエキス製剤にはなく、その代わりに筆者は麻杏甘石湯、胃苓湯、小柴胡湯加桔梗石膏湯の合方を薦めています。

3.軽症型

軽症型は症状が軽く、画像では肺炎症状が出ていないと定義され、倦怠感が中心です。

①胃腸の不調を伴う場合
藿香正気散(カッコウショウキサン)
藿香正気散は湿邪を除く去湿剤に含まれる漢方処方です。日本の漢方エキス製剤にはない処方で、虚弱者の風邪の引き始めに使う参蘇飲(ジンソイン)と健胃薬である平胃散(ヘイイサン)の合方で対応できるとしています。

②発熱を伴う場合
悪寒がない場合は温病(ウンビョウ)として考え、金花清感顆粒(キンカセイカンカリュウ)等を用いるようになっております。温病とは、ウイルス感染による発熱主体の症状のことをいいます。これらも日本のエキス製剤にはないので、黄連解毒湯、清上防風湯、荊芥連翹湯などの発熱や炎症を鎮める清熱剤で代用するように書かれています。

③悪寒を伴う場合
中国では麻黄剤を感染初期には用いないようですが、筆者は日本人には感染初期には葛根湯(カッコントウ)越婢加朮湯(エッピカジュツトウ)、麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)など辛温解表剤を用いることも薦めています。
しかし一方で、麻黄にはエフェドリンが入っており、虚弱者、高血圧体質、心臓疾患を持っている人には向かない場合もありますので、注意が必要です。

④嗅覚障害、味覚障害を伴う場合
嗅覚障害、味覚障害の症状は、ウイルスのよる神経細胞障害が原因であると言われています。嗅覚や味覚を感じる嗅細胞は、他の中枢神経とは異なり再生と脱落を繰り返すため、神経障害があっても、嗅細胞の再生促進で機能改善する可能性があります。嗅細胞の再生には嗅球の神経成長因子(NGF)が関与することが分かっていて、基礎研究においては当帰芍薬散、人参養栄湯にNGFを増加させる働きがあることが報告されています。解熱後の神経再生にはこれらの漢方処方が良いのではと考えられています。

4.中医学治療はどの程度有効か?

論文では、中西結合(中医学と現代医学の併用)によるコロナ肺炎治療に対する臨床観察研究の内容も紹介しています。
2020年1月15日から2020年2月8日までの湖北省中西医結合病院を退院した52例新型コロナウイルス感染症患者の診療記録を基に、中医学と現代医学の併用グループ34例と、現代医学治療のみのグループ18例について、症状の継続期間、解熱までの時間、症状の消失率、平均入院日数、完治率、死亡率を比較しました。主な症状は発熱75%、倦怠感61.5%咳が50%でした。患者の重症度は普通型76.9%、重症患者19.2%、重篤患者3.8%でした。
中医学と現代医学の併用グループの症状消失時間、正常体温への回復時間、平均入院日数、及び中医症候点数において、現代医学治療のみのグループより統計的に有意に少なかったのです。
新型コロナウイルス感染症治療における漢方薬併用効果 さらに図に示すように、随伴症状の消失率87.9%、CT画像改善率88.2%、臨床完治率94.1%、普通型から重症型に悪化する率5.9%も、統計的に有意に高かったと報告しています。
これらの結果から、漢方薬と現代医学の併用治療によって、新型コロナウイルス感染症患者の症状を顕著に軽減し、回復時間を短縮し、完治率を高めると推測しています。
しかし、中医学では患者の病気が同一であっても、症候の違いにより処方する漢方薬は異なります。従って、どの漢方処方が功を奏したかというよりは、中医学的診断に基づいて漢方処方を決めることが、有効であるという結果であると結論付けています。

 

5.日本漢方の歴史から学ぶこと

人類が感染症のパンデミックを経験するのは、新型コロナウイルス感染症が初めてではなく、20世紀初めに流行したスペイン風邪もそのひとつです。このスペイン風邪にも、漢方薬が功を奏した記録があり、「浅田流 漢方診療の実際」という書物にその記載があります。初期の悪寒戦慄のある患者には葛根湯を温服させて邪気を除き、肺炎の併発を防ぎ、その後は、陽明病、少陽病へと移行するので、小柴胡湯の証となり、咳や痰のある者には小柴胡湯に桔梗、石膏、知母、麦門冬などを加えた漢方薬を与えて、多くは快癒したと記録されています。
ただ、初期から高熱を発した者には、柴葛解肌湯(サイカツゲキトウ)や大青竜湯(ダイセイリュウトウ)を与えて発汗解熱させると記録されています。

6.結論

これまでの論文などの報告で、新型コロナウイルス感染症に対する漢方薬の可能性を探って来ました。今後有効性が期待される治療薬が開発されると思われます。そんな背景で漢方薬は、より早期の治癒や身体機能の回復などに役立つと考えられます。しかし、漢方薬が最大限に効果を発揮するためには、現代医学的診断だけではなく、証を決定するなどの漢方医学的な診断が必須であることを、筆者は述べています。

注意)新型コロナウイルス感染症が疑われる場合は、発熱外来等で医師の診断を受けて下さい。一般の方がOTCの漢方薬を服用することは、周囲に感染を広げる恐れもあり、極めて危険な行為です。

最後まで、ご覧下さいましてありがとうございました。
本内容は、大阪府堺市 三砂堂漢方 三砂雅則が解説いしました。